四百年前の輝きを取りもどした家康公の墓所。
国宝 久能山東照宮
「久能山は駿府城の本丸だ。お前は久能山を守れ」
徳川家康公が、大坂の陣に参戦したがった家臣榊原照久に命じた言葉だ。家康公は駿府城で大御所として実権を掌握していたのだが、その駿府城よりも、この久能山こそが、天下統一の中心地と考えていたのかもしれない。
家康公は元和二年(1616 年)4 月17 日、駿府城で生涯を終えた。自らの遺命によってその日のうちにここ久能山に埋葬され、翌年、朝廷から神号「東照大権現」が宣下されて神となった。
久能山東照宮は家康公を祀った最初の神社となり、権現造りの発祥となった社殿は、四百年前の美しさを今に伝えている。
久能山東照宮では毎年家康公の命日である4 月17 日に例祭が斎行され、2015年にはその命日を含む5日間にわたって「御鎮座四百年大祭」が斎行された。命日には、毎年司祭として招かれている徳川ご宗家が神廟(家康公の墓)に参拝される様子が、NHKの全国放送でも報道されて話題になった。また、静岡市をあげての「家康公四百年祭」も開催された。
写真の時計は、家康公がスペイン国王から贈られたもの。久能山東照宮博物館に立ち寄れば、家康公の愛用品など、貴重な宝物に出会うこともできる。