「帰ってきた家康公」 大御所(おおごしょ)として駿府(すんぷ)へ
家康公が駿府に帰ってきたのは、1607年彼が66歳の時。それから75歳で亡(な)くなるまでの9年間、この駿府は政治、文化の中心地でした。
駿府城下(じょうか)には大名や旗本(はたもと)の屋敷(やしき)が並(なら)び、オランダ人、スペイン人、ポルトガル人たちも出入りし、メキシコからはヌエバ・エスパーニャの一行(いっこう)が、また、イギリスからは国王の使いが来るなど、たいへんにぎやかでした。
その当時(とうじ)の人口(じんこう)について、ドン・ロドリゴは12万と記録(きろく)に残しています。