大御所・家康公史跡めぐり
弥勒町
弥勒町 | 葵区の弥勒橋の前の安倍川餅の老舗”石部屋”付近 |
慶長年中に安倍川左岸に弥勒院という名の山伏が還俗し開いた寺があったことに由来する地名という。弥勒院の山伏が、安倍川の河原で旅人に餅を売って渡世としていたことから安倍川餅が誕生したという。家康公が安倍の金山の検分に出向いたとき、家康公のもとにお餅が献上された。この餅をたいそう気に入った家康公は、その餅の名前を尋ねたところ、その男は安倍川の金山にちなみ「安倍川の金粉餅(きんなこもち)」と答えた。家康公はその機知に富んだ答えが大いに気に入って、それ以後は「安倍川餅」の名称がついた。
ここ弥勒町の安倍川川越付近には、いろいろ見所や歴史的な足跡が凝縮している、それらを列挙します。現地は比較的固まっているので、付近を探しながら調べて下さい。
歴史的見所
- 由比正雪の首塚
- 高札場跡
- 府中西見附跡
- 首地蔵
- 水神社
- 宮崎邸跡
- 安倍の義夫
- 忠僕八助
- 本通の一里塚跡
- 与九郎稲荷
- 野崎昌樹碑
- 安水橋親柱〔青島宅〕
- 双街之碑〔駒形通り五丁目〕
- おかげ参り施行場跡〔文政13年〕
- 正念寺跡
- 立場跡
- 薩摩土手
- 弥勒川会所跡
- 明治天皇休憩所跡
- キリシタン殉教碑
- 溺死者そうな慰霊塔
- 関東震災横死者慰霊塔
その他
この付近には、昔の由比正雪の「慶安事件」で自害した正雪の首が晒さらされていた。それを誰かが盗んで、昔の寺町の菩提樹院〔現在は沓谷に移転〕に葬ったといわれている。この事件と関連し、由比正雪を師匠として剣の道を指導され、見事仇討ちに成功した宮城野としのぶが、正雪の菩提を弔うために建てた十三仏堂を建てて供養した跡もある。十三仏は、今は横内町の来迎院に正雪の位牌と共に祀られている。