大御所・家康公史跡めぐり
草深町〔二加番神社と夕顔小路〕
葵区西草深町1-21 NHk静岡放送局裏付近 |
JR静岡駅から大浜麻機線、県立病院高松線バス約9分、NHk局前下車 |
はじめは上・下草深として区別していたが、現在は東・西と区別して呼ばれている。慶長期の安倍川の大改修と流れの変化によって生まれた土地で、駿府城御定番衆、与力・同心の屋敷が集まり武家屋敷が集中していた。この地内から駿府城内に通じる門は、草深門と呼ばれ武士が出入りしていた通用門であった。
また地内の一角には、家康公の儒者として知られた林羅山の屋敷があり、そこに至る道を彼の号〔夕顔巷(せきがんこう)〕にちなみ夕顔小路といった。
林道春〔羅山〕
家康公の儒者〔林羅山〕は、家康公に招かれて慶長17年〔1612〕駿府に移り屋敷をたまわった。場所は西草深と馬場町のお堀の角にあった。家康公に講義したり、駿河文庫〔家康公の図書館〕を管理し、全国から貴重な図書を借りさせては写して蔵書とした。
羅山が住んでいた屋敷の路を「夕顔小路」と呼んだ。これは羅山の号が「夕顔巷」〔せきがんこう〕に由来するものである。